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ご来場ありがとうございました。

9月19日より21日までの3日間アイホールでの公演Rhythmにお越しいただきました皆様、

本当にありがとうございました。

このインフルエンザが流行していると言われる時期にキャストスタッフとも全員元気に舞台を務めることが出来たのは奇跡のように思えます。

上海太郎カンパニーの第一回公演ということで、昨年末以来先の読めない暗中模索が続きましたが何もかもが今は良い思い出となりました。


何より今

「早く次の公演を打ちたい」

と私自身からだの芯からうずくものを感じています。


メンバーもまだ定まらない未熟なカンパニーではありますが、
あせらず成長させていきたいと思います。

これからもどうか応援していただけますよう、よろしくお願いいたします。

                         上海太郎
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練習日誌5(9月9日)

今日は予備日だったが、急遽練習に。

その割にいいむろ以外全員集合。
出演者のテンションも上がって来たか?あるいは各シーンとも最後の詰めの段階だし、
スーパーサンバ屋みたいに突然出来るシーンに登場できるかどうかは今にかかっている、せいか。

 サンバの基本ステップが出来ない人間がいる。

痛ましい。
コースケ、ジョージ、等数人。
さちなんか格好は悪くないのだが、曲に合ってない。
リズム感は天性の部分もあるにはあるが、努力で補えると信じている。普段からリズミカルにからだを動かす訓練をしなければならない。

 「音の思いで」のシーン。浦川と長崎のラブレター。

わかりの早い二人だが動きのキャッチボールが上手くいかない。
台詞のキャッチボールで相手が喋ってる時にぶつぶつ言うとうるさいのと同様に、
相手のアクション時にいらん動きは厳禁である。

岡本のブランコ、だいぶ良い。
キャスティング時にイメージしたものに近づいて来た。
というより本ちゃんのブランコより想像の世界での芝居がしっくり来る。

やっぱこの人ファンタジーの世界の住人なのね。現実にも降りて来てね。

ジョージののこぎり。かなり前から抜擢していたのにあまり良くない。
やはり他の人間と競わせるべきだったか。期待せず待とう。

サンバ屋、勢い重視のシーンとは言え、多少交通整理を。

万引きの部分は磯谷の宿題に。勢いはあるが、ちゃんと曲に乗れてないのでやや不安。

 登校のシーン、台詞のない芝居においても複数の人間が存在すれば言葉がないと不自然なことがある。(満員電車みたいなシチュエイションをのぞいて)そんなときでも観客にあまり口元を意識させないで体全体のアクションでの会話として見せる工夫を常にして欲しい。

オーケストラ、ストップをより大切に。

運動場、千春とさちのやりとりはちょっと見えて来たか。

縄跳びのまわし方、柔らかく。

居残りで私と坂本、室町、俊介で「エリーゼのために」。

最近やり始めたばかりだが、やればやるほどおもしろくなりそうである。

俊介と室町のデュエットは美しい。
リフトなんて見慣れているようで、こういう芝居なかで観るとまた新鮮である。

宇高、コースケ、宇保、いつも後片付け、戸締まりありがとね。

忘れてた!オーケストラの練習中、音出しをしてくれたジョージが我々が踊っている最中、ドッジボールの練習をするのにはあきれた。

われわれは舞台上に、ある空気を作り出そうとしているのだ。

その前で空気をかき乱すことがどういうことかわからないのか?

アップの最中とかでも同じである。

台詞芝居で言えば、あるシーンの練習をやっている目の前で大声で別シーンの台詞を喋っているようなものである。

きつい叱り方をしたおかげで、大きなからだを小さくして帰って行ったが大事なことだよ。

稽古場でその瞬間メインで芝居してる人へのリスペクトを。

練習日誌4(9月5日)

7時からの全体練習に先立って5時から鶴練(つるれん)、6時から坂本と「エリーゼのために」のシーン。鶴練とは元来私が自分のソロのシーンを誰にも邪魔されずにたった一人で稽古することをそう呼んでいる。
もし誰かこっそりのぞきみるようなことがあれば私は鶴になって飛んでいってしまうぞ、と脅しをかけているのである。
脅しが利いているのか誰一人としてのぞこうとはしない。
見られるのが嫌なのは、そのほとんどの時間が床でゴロゴロしてるばかりだからだ。
そしてその姿はただ昼寝をしてるようにしか見えないに違いない。
ネタが浮かばないうちは何をやってもむだだ。その上ネタが浮かんでもほとんど練習はしない。
通し稽古でぶっつけでやりながら修正していくのである。だから厳密に言うと稽古場を独占してゴロゴロする必要はないのだが、それはそれ、作家の先生がホテルに缶詰になる、みたいな………。

坂本はエリーゼの代役で利用されるだけの可哀想な役柄である。
「わたしって可哀想ですね………」嘆いているような喜んでいるような複雑に笑った坂本。
果たしておいしい役になるだろうか?
言葉が介在するとあり得ないような展開にやや戸惑ったようだが。

土日しか来れない堀川の姿が7時になっても見えない。室町に尋ねると仕事がおしていると言う。苛々がつのる。

アップを早めに切り上げ運動場のシーン。ドッジボール。
千春の表情に充実感が感じられるのと、下村が妙に生き生きしている。奴はエキセントリックな役をやらせば化けそうな予感。
沼本も遅ればせながらはじけはじめた。
だがシーンとしてはまだまだ凡庸だ。上舞時代から得意として来た内容だけに残念。
ハンカチ落としは宇保がいい。天性の明るさが奴にはある。

お葬式。シュールなシーンなので説明は難しいし馬鹿馬鹿しい。
理屈抜きでおもしろくして欲しいのだが………。

ラストシーン、練習してないからしょうがないか。練習しよう。

居残りで室町と俊介の「エリーゼのために」の中のデュエット。
ほっといてもかっこ良くなりそうだ。まかせた。

堀川来ず。降板してもらうことを決心。辛い選択だがやむを得まい。泣いて馬謖を斬る。
 

橋の下のトランペット吹き

武庫川の川岸をジョギングしているとどこからか下手なトランペットの音が聞こえて来る。

ぷぁーあぷあぷあぱーぱーぷぁーぷぁーぱぱぷぁーぱーぷーぷーぷぁ……

「はーあるのおがぁわーわさーらーさーらーゆーくーよ〜」
むかし小学校か中学で習った「春の小川」である。その最初のフレーズばかりアホの一つ覚えのように吹き続けている。

毎回かならずどこかを失敗して「ぶふぉ〜」みたいな音を出す。

ブラスバンド部に入部したての高校生か、趣味で始めた学生か……。
そのすきだらけのひとなつっこい音色は屈託なく未来を感じさせる。
そこにあるのは確かに希望だけに違いない。

 走り続けるうちウィーンのとある教会の側で一人のオペラ歌手が歌っていたことを思い出した。

夕暮れ時、街を歩いていると遠くから美しいテノールが聞えて来る。
その声量といい、節回しといい、相当の強者であることぐらい私にもわかった。
周囲を歩く観光客たちもその声に気づきなにやら顔を見合わせている。
徐々に高まる声音に我々の行く手にその男がいることは間違いなく思われた。

やがて……、男は陸橋の下に立っていた。
たったひとりで。

男の周囲に誰もいないのを観て私ははじめて彼が無伴奏で歌っていることに気づいた。
舞台衣装をおもわせる派手な襟の白いブラウス。その上にすり切れた深緑色のジャケット。
美男であったと思われる、いや、今も美しい顔立ち。
やや薄くなりかけた頭頂部。変哲のないコーデユロイのパンツにくたびれた靴。

 そして我々が彼の立つその陸橋の下にさしかかった時、奇跡は起こった。

いくつもの声が反響しながら上から下から右から左から我々を包んだのだ。
楕円に二つのフォーカスがあるように、その橋の下には音響的に二つのフォーカスがあるのだった。
その一方に彼が歌い、もう一方に我々がいた。

からだに降り注ぐ天空からの調べに我々はくぎ付けになって歌い続ける男を見やった。

 そして数秒後、数十万年前に確かにそこに存在しましたよと語る堆積岩の中に残る生命体の抜け殻=化石のように、
「ちゃんと聴きましたよ」
というアリバイだけを残して我々はその場を去った。
拍手も出来ず、もちろんチップも残さず。

 橋の下で聴くにはあまりに美しい声だった。
そしてもう若くはない彼の風貌が我々の胸をしめつけた。
希望がなかった。まるで痛い過去だけが、ぱっくりと口を開けていた。

 人間にはそれぞれ相応しい舞台というものがあるに違いない。
そしてそれがそうでない時、我々はそこにあるのかないのかわからぬドラマを捏造してしまうのだ。
帰り道、ふたたび「春の小川」が聴こえてくる。

私は走るスピードを上げた。
両足の筋肉がいきなり悲鳴をあげ始める。
心臓が高鳴り、汗が噴き出す。

「負けるな……」

わたしは誰にともなくつぶやいた。

練習日誌3(9月2日)

練習日誌2がなかったではないか、とお叱りの声も聞こえそうだがあるにはあったのである。
書くには書いたのだがアップできないまま2、3日たってしまい、その中でさんざん罵倒した役者が次の稽古で殊勝に練習してる姿を観たら出せなくなってしまったのである。

このコラムは外の読者に読ませる設定で実は出演している役者にもメッセージを送っている。
稽古中言い足りなかったことや誉め損なったことをフォローしたりしている。
役者を誉めたりけなしたりするのはタイミングが命なのである。

ほとんど稽古が出来ていなかったラブレターのシーンとブランコのシーンを集中してやった。
出演者は浦川、長崎、岡本とたまたまではあるが全員ミュージカルスクールステージ21出身。
私が教えていた頃にはまだ入学していなかった世代である。

3人とも揃って体の動きは申し分ないのだが、舞台上のどの位置にたってどういう角度を向けばどう見える、という計算が自分でたたない。

そう言う意味ではラブレターのシーン(イケメン男子の長崎にラブレターを渡したい女の子浦川とそれを結果的に邪魔するおっさんの私)は3人の位置関係をどう作ってどう見えるかというひな形になったと思う。やってる本人はもとより観ていた役者連中も何かをつかんでくれたらいいのだが。

ブランコのシーン。不器用な岡本に即結果を求めるのはよそう。
スーパーのシーンで生き生きと坂本と掛け合ってる姿を見るとまだまだ出来るはず、と確信した。

カエルの歌、ドレミの歌、とも完成の域。ネコふんじゃったもまずまず。
坂本の振りには毎回笑ってしまう。居丈もこの一連はおもろい。

スーパーマーケットワルツ堂はかなりいけてる。

今日初めて舞台下手側から観たが正面から見るよりおもしろいかも。今回客席は舞台に向って正面、上手側、下手側と3方向に作られる。どこからが一番おもしろいか3ステージ、3方向から観て確かめるのも一興ですぜ、お客さん。

マーチ堂。前日の第一回通し稽古を観た制作の松井がスーパーの俊介を観て爆笑していたが、ワルツに比べるとやはりマーチは苦手なのか、ややリズムに乗り切れていないように見える。アクセントをもっと強調したらどうだろう。

サイレントパーティー、居丈高の固さがネック。
ダメ出しをされるとどんどん駄目になる自分を超えないと明日はないぜ。
最後は宇保の特訓。あーつかれた……。

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